この国は、なぜか世界一のカネ貸し国家・債権国となって、「マネー大国」を誇っている。
「一億財テク」とかで、株や土地、貴金属、ゴルフ場会員権などが暴騰しつづけてきた。
不可思議なマネー・マジックの作用で、株や土地にも見放されていた小国民は、けちな「ウサギ小屋」のなかで夢をみて、「財テク」のあぶくをつかむしかなかった。
その夢のまの夜空にも、見えないジャパン・マネーが世界をまたにかけて飛んでいる。
はじめになにが「マネー大国」か、「財テク」なんて知ったことじゃない、という向きも少なくなかっただろう。
正直いって、私自身も腹ではそう思い、実際に財布の中身も「財テク」とはまったく縁がない。
「マネー大国」では、「世捨て人」にされている国民が少なくない。
たとえば、国際Eの長谷川慶太郎は、訳書(スーザン・ゴールデンバーグ著「世界の投機市場」一九八七年、東洋経済新報社刊)の「訳者はしがき」に書いている。
〈投機の機会を見落とすなら、その人ははじめから「世捨て人」しか選ぶ資格のない人〉と断言。
事実、「マネー大国」は、底辺に〈世捨て人〉をあまりにも多く生み出している。
そこには、われわれにマネーが回ってこないから、「マネー大国」が成立しているという、奇妙な構図があった。
マネーに無縁なのを理由に、私はマネーには無関心と無知を決めていたが、マネーの世界に挑む決意を固めた。
莫大な土地や株などの資産が、大企業のふところに蓄菰されていたが、労働者の雇用や国民生活の安定のためというより、マネーゲームや土地投機の元手となっていた。
われわれの頭上を超えてジャパン・マネーを動かす密かな主役が、銀行、証券、生命保険、損害保険などの大手大企業だった。
それを知った私は、密かにこの書の企画を準備していた。
マネーの世界というのは、私のような素人には、実にわかりにくく、こむずかしく粉飾されている。
わずかな期間に、関係の瞥物数十冊を、まるで受験勉強でもするように、がむしゃらに読んでみたが、いくら読んでも書物だけでは容易にわからない世界だった。
なにしろお世話になった経験も少ない世界だった。
ありがた味も知らない世界が見えるようになるのは、並みの努力ではむずかしい。
頭でもからだでもまだ理解できないまま、ともかくも走り回って取材した。
取材の途中では、柄にもない世界にペンのメスを入れようとした身のほど知らずを、何度か後悔した。
これらの大企業は、自社の経営危機を叫びつつ、彼らの富を築いてきた従業員たちに、「おまえが会社に貢献できることは、会社を去っていくことしかない」と宣告し、会社から追放した。
ほんとうに経営危機なら、その企業の株価も下がるはずなのに、会社側が合理化計画を発表した途端に、奇妙にも株価は急(一九八七年六月、新日本出版社刊)のための取材だった。
「ニッポン空洞化」ではへS、M重工、T自動車へI重工など、基幹産業のトップ企業が強行した、大量人員削減と合理化、海外進出、またその結果である産業「空洞化」を追跡した。
「産業構造調整」の名による「空洞化」の背後では、このときすでに「空洞化」を先取りして、巨額のマネーが動いたが、漠然とながら、ある種の確信があった。
どんなに粉飾されてこむずかしくつくられていても、/マネーは「1プラスーは2」という明快な単純数学で成り立っているはずであり、さほどの高等数学の必要もないだろうという確信である。
たとえば、お堅い銀行が、どんなに厚い大理石でおおわれ、高度なコンピューターを駆使していても、より安い利息でマネーを集め、そのマネーをより高い利息で貸すことで、貸借の利息の差額を手にするのが商売である。
その実態を知るのに必要なのは、せいぜい加減乗除の単純数学のはずである。
なのに素人には、マネーの世界は見えにくく、マネーと御縁のない者にはありがたくない世界である。
だが、それは、また別の理由があってのことにちがいなかった。
マネーの世界とこの「マネー大国」の実態は、むしろマネーには素人で御縁のない者こそが、粉飾なしに見つめられるにちがいなかった。
いくら働きに働いても、マネーとの御縁が薄いばかりか、働いた汗の結晶までどこかへ吸い取られていく。
どこへどのように吸い取られているのかという価値ある疑問には、マネーに見放され、マネーの世界で素人にされている者こそが、最も切実かつ現実的に迫れると考えた。
未知のマネーの世界を探りはじめてまもなく、偶然にも、一九八七年一○月のN市場での「暗黒の月曜日」にはじまる、世界的な株価の大暴落に遭遇した。
正直いって、それみたことかという気持ちが頭をもたげないわけにいかなかった。
ちょうど証券界のトップ企業、N証券(第一章)を取材している最中のことだったからである。
世界的な株価暴落は為替相場にも波及し、世界の金融資本市場は大揺れをつづけた。
騒動はより大きくなるばかりに見えた。
が、「暗黒の月曜日」から半年もたたないうちに、東京株式市場では、「暗黒の月曜日」のまえの最高値すら更新し、この「マネー大国」の威力を示している。
本書は、この金融資本市場の激動の最中に取材、執筆し、月刊「文化評論』誌上で八八年一月号から八月号まで、七回にわたって連載したものをまとめたものである(五月号休載)。
それも、すべての取材を終えてから連載したのではなく、毎月、一回分ずつ取材し執筆した。
したがって、取材、執筆の時点は一カ月ずつずれている。
この間の激動と同時進行のルポであり、その動きがそのまま伝わることを願って、手・を加えるのも最小限にとどめ、発表順にまとめた。
もちろん、マネーは激動期にだけ動いているわけではない。
株式相場や為替相場が劇的に変動すれば、それだけ荒っぽく悲劇を生み出し、一方の極にマネーが吸い寄せられていく。
それが静まったとしても、マネーは一方の極に静かに流れ、隠された悲劇がつづく。
人知れずこの「マネー大国」に君臨する銀行、証券、生命保険、損害保険など各業界を代表する大企業に焦点を当て、それぞれ国民を欺くマネー・マジックの仕掛けを明らかにすることに力点をおいた。
これらの金融大企業の背信の構造は、そのときどきの事件や動向によって容易には変わる気配もない。
連載を終えてこの書にまとめるまでのわずかの間にも、外国為替市場では急激なドル高・円安と乱高下がみられたが、それで貧しい者に差益が転がってきたわけではない。
また、この間には、明電工のオーナーが株価操作で巨利を手にし、政治家たちにマネーを流していた一方で、脱税していたことが明るみになった。
さらに、リクルートのオーナーは、関連不動産会社・リクルートコスモスの株式公開に先立って、暴騰が見込まれる株式を政治家たちに割り振り、暴利の分け前をふるまっていた。
これらは、いずれも、この書で明らかにしている政財官一体の国家ぐるみのマネー支配とマネー・マジックの結果であり、氷山の一角が露呈しはじめたにすぎない。
だから、連載後のこれらの動向や事件についても、あえて付け加える必要もないと考えた。
「マネー大国」の仕組みを見るためには、取材、執筆の一九八八年盛夏まじめに時期や順序、各章の順にこだわらず、関心のある業界、企業から読んでもらってもさしつかえはなく、各章が独立したものになっている。
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